第18回

 JC-Castが公開されています。前回に続いて粥川さんとのトークセッションは「幹細胞ツーリズム」について。6000ドルを日本円で約600万円をと言い違えたのはご愛敬!?。
 ここで、少し補足をさせてもらいます。臨床トライアルが進んでいる心筋症を例に、自己骨髄に含まれる幹細胞の有用性について話しました。とはいえ、すぐにでも治療に利用できるかといえば、それは違います。試験結果によれば、指標のひとつejection fraction(心室の収縮期駆出率)では有意な差がみられましたが、いくつかの他の指標ではそうではありませんでした。また、効果は治療後、3−6ヶ月経過した状況で判断されています。これが一年後になると、有意な差がみられないケースがありました。このように、まだ治療法は安定しておらず、今日明日、まして一、二年後に治療法として確立するものでもありません。
 臨床試験検索サイトClinical Trails.govによればES細胞は臨床試験すら開始されていません。胎児由来の細胞を利用しているのは一件のみ。ドーパミン産生細胞を使った臨床試験がPhase?まで進んでいます。日本でも京都大学などで自己体性幹細胞を用いた臨床試験が始まっています。
 リスクすら判然としていないこれらの行為は、実験・試験と呼ぶことができても治療法ではありません。粥川さんが指摘したように、規制のない国で高額な費用をかけた行為は危険性を鑑みれば勧めることはできません。
 とはいえです。自分が「やめろ」と断言できないのには理由があります。小説だったと思うのですが、当事者性を考えるときにいつも脳裏をかすめることがあります。
 余命はあとわずかとなった老人がベッドに横たわっています。既に、言葉を口にすることはなく、病室の白い壁に響くのは乾いた小さな呼吸だけ。長年連れ添った婦人が、毎日傍らで見守っています。病気に気づいてから、様々な薬が処方されましたが、効果がみられず、長い時間が過ぎ去りました。ある日、婦人が茶色い水を老人の口に含ませはじめました。それは、薬ではありませんでした。
 「たとえ、笑われても、すべてをやっておきたいんです。後悔のないように」
と理由を語りました。この茶色い水はいかにも怪しげな部類の民間療法のひとつでした。もし、「効きめ」があったとしても、それはプラシーボ的なものに限定されるはずです。ほとんど意識のない老人には、その効果も期待できないでしょう。それでもです。ご婦人は全てを理解し承知して、茶色い水を口に運んだのです。
 あやふやな記憶なので、物語の正確性に自信はありません。それでも、とげはしっかりと突き刺さっています。
 科学的なものと、非科学的な行為を一緒にするなど様々な批判も当然ながら考えられます。ですから、より正確な情報を提供するべきですし、安易な「信仰」にすがらないように最善を尽くすべきです。僕の言いたいのは、最後のぎりぎりの線まで、留り続けてから先の話です。